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2-3 明日香の企み 1

last update Last Updated: 2025-03-05 19:22:03

その日の夜――

「明日香。突然なんだが今月の18日から25日まで2人で一緒にモルディブへ行かないか? 実はもう飛行機もホテルも予約済みなんだ」

「本当に!? 行きたい! 行くに決まってるでしょ!」

明日香は目を輝かた。

「そうか。よし、それじゃ一緒に行こう」

翔は笑顔で答える。

「2人きりで旅行なんて本当に久しぶりよね。嬉しいわ……今から楽しみ。そうだ。新しい水着買わなくちゃ。それに洋服も」

「ああ、好きにするといいさ」

「だけど……」

明日香の顔が曇る。

「急に一体どうしたっていうの? 今までの翔ならこんな急に予定を立てたりしないのに」

ジロリと翔を睨み付ける。

「う……。そ、それは……」

(参ったな……。相変わらず明日香は勘が鋭くて困る)

翔は思わず苦笑するが、その表情を明日香に見られてしまった。

「ほら! その顔! 絶対に何か隠してるわね? 正直に言いなさいよ」

「わ、分かったよ……」

翔は溜息をつくと、今までの経緯を全て話した。突然朱莉とハネムーンへ行くように祖父に勝手に日程とホテルを予約されてしまった事等……。話を聞き終えると明日香は激怒した。

「何よ、それ! それじゃあ私は2人のハネムーンのおまけで付いて行くって訳ね? 何が2人でよ! 嘘つかないでよ!」

目に涙を貯め、ヒステリックに叫ぶ明日香に翔は必死で宥める。

「違う、落ち着いて良く聞けって。俺はな、最初から明日香、お前を連れて行くつもりだったんだからな?」

「え……? 翔……? その話、本当なの?」

目にうっすら涙を浮かべつつ、明日香は信じられないと言わんばかりの目で翔を見つめる。

「ああ、当たり前じゃないか? 明日香を1人日本に残して旅行になんか行けるはず無いだろう?」

翔が明日香の頭を優しく撫でる。

「本当に……? 嬉しい!」

明日香は翔の首に腕を回して抱き付く。

「でも……朱莉さんも一緒に行くのよね……」

「何言ってるんだ。2人で行こうってさっき言ったばかりだろう? 彼女は行かないよ。俺と明日香の2人で行くんだよ。入院している母親を置いて、1週間も日本を離れたくないって言うんだ」

本当は翔にだって、その話が朱莉が旅行に行きたくない為の言い訳だと言うのは重々承知していた。

「ええ? ハネムーンなのに? それっておかしいんじゃないの?」

明日香はそう言ったが、朱莉と言う邪魔者がいない翔との旅は想
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    「マロンに良かったら会って行きませんか? 今連れて来ますので」京極が朱莉に尋ねた。「で、でもマロンに会えば、あの子はまた私を思い出して離れようとしなくなるんじゃ……」「だったら僕が毎日ドッグランへ連れて来るので、朱莉さんもその時にここへ来ればいいじゃないですか」「え……?」京極の目は真剣だった。「京極さん。何を仰っているのですか? 手放さなければならなかったマロンを引き取って貰えたのは本当に感謝します。そして今もこうしてドッグランへ連れて来てくれて遊ばせてくれているんですよね?」朱莉は遠くでマロンとショコラが遊んでいる姿を見つめる。「はい」「でも、本当はお忙しいんじゃないですか? 私は毎日出かけていますが、マロンを託してから京極さんにお会いするのは今日が初めてなんですよ?」京極は目を伏せて黙って話を聞いている。「京極さんは社長と言う立場で、多忙な方だと思います。毎日ドッグランで遊ばせるのは難しいと思いますよ? 私とマロンを会わせてくれようとするお気持ちには本当に感謝致しますがご迷惑をお掛けすることは出来ません。時々マロンの様子をメッセージで教えていただけるだけで、もう十分ですから」京極は3日に1度はマロンの様子を動画とメッセージで朱莉に報告してくれていたのだった。「朱莉さん。マロンに会わせる為だけの理由じゃ駄目なら……僕の本当の気持ちを言いますよ」「本当の気持ち……?」「はい。貴女のことが心配だから、何か力になれないかと思っているんです。悩みがあるなら相談にも乗りますし、助けが必要なら助けてあげたいと思っているんです。僕でよければ」朱莉は京極を黙って見つめた。何故、この人はそこまで真剣な顔でそんな事を言ってくるのだろう? 朱莉には不思議でならなかった。やはり、同情されるほど今迄自分は暗い顔ばかりしていたのだろうか……?「ここに引っ越してきて、初めて朱莉さんを見かけた時、貴女は泣いていました。その次に見かけた時もやはり貴女は泣いていました。いつもたった1人で……。僕がシングルマザーの家庭で育った話はしていますよね? 母は僕を育てる為にいつも必死で働いていました。僕に心配かけさせない為に、いつも笑顔で過ごしていました。けど夜布団に入っていると、隣の部屋にいる母が声を殺してよく泣いていました。だから僕は母の為にも頑張ってここまできた

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-16 3人の微妙な立場 2

    琢磨がキャリーバックの中に入れたウサギを抱え、2人で店を出ると朱莉はマロンのことを考えた。(マロンを手放してまだ一月ほどしか経っていないのに……私って薄情な人間なのかな……?)そんな朱莉の横顔を琢磨はじっと見ていたが、明るい声で話しかけてきた。「朱莉さん。このウサギ、紺色をしているからコンて名前はどうかな? あ、でもそれじゃまるで狐みたいだな? 朱莉さんならどんな名前にする? 早く決めないとコンて名前で呼んじゃうぞ?」「ええ? い、今決めるんですか……? う~ん、どうしよう……。あ、それじゃネイビーってどうですか?」「え……ネイビー……?」琢磨は一瞬目を見開き……次に声を上げて笑い出した。「コンだからネイビー? ハハハ……これは面白いな。うん、ネイビーか……素敵な名前じゃ無いかな? それじゃ、今日からこのウサギの名前はネイビーだ」そんな琢磨を見て朱莉は思った。(やっぱり九条さんは相当私に気を遣ってくれているんだ。私を契約婚の相手に選んだから? そんなに気にする事は無いのに。だって九条さんのおかげでもう二度と会う事は無いだろうって諦めていた翔先輩に再会出来たのだから……)朱莉の考えではむしろ琢磨には感謝したい位なのだが、それを伝えれば益々恐縮してしまうのでは無いかと思うと言い出せなかった。その後も2人は他愛無い会話を続けながら、帰路についた——**** 2人で億ションに辿り着いた時、朱莉はドックランで遊ばせている人物を見つけた。 (あ……あの人は……!)すると、相手も朱莉の存在に気が付いたのか振り向いた。「きょ、京極さん……」「あ……朱莉さんじゃないですか! ずっと姿を見かけなかったので心配していたんですよ!」その時、京極は朱莉の隣に立っていた琢磨を見た。「……」琢磨は何故か先程とは打って変わって、険しい顔で京極を見つめている。(え? 九条さん……? どうしたのかな?)朱莉は不思議に思い琢磨の顔を見上げた。一方の京極も何故か挑戦的な目で琢磨を見つめている。先に口火を切ったのは京極の方からだった。「こんにちは、初めまして。貴方ですか? 朱莉さんの夫で、彼女に折角飼った犬を手放す様に言ったのは。貴方は夫のくせに妻を平気で悲しませるんですね?」京極は喧嘩腰に琢磨に話しかけてきた。「夫?」琢磨が小さく口の中で呟くのを朱

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-15 3人の微妙な立場 1

     明日香が流産をしてから、早いもので半月が過ぎ、季節は3月になっていた。あの夜、琢磨に説得された翔は、朱莉に詫びのメッセージを送った。自分勝手な思い込みで心無い言葉を朱莉にぶつけてしまった非礼を詫び、明日香が朱莉に感謝していた旨を綴った。そしてこれからも契約婚の関係を続けて貰いたいと書いて朱莉にメッセージを送ったのだった。勿論朱莉からの返信は快諾の意を表す内容であったのは言うまでも無い。翔は前回の非礼の意味も兼ねて、今月からは今迄月々手当として朱莉に振込していた金額を増額させ、朱莉は毎月150万円もの金額を貰うことになったのだった——****—―日曜日 朱莉は琢磨と一緒に買い物に来ていた。「何だか申し訳ないです。翔さんにこんなに沢山お金を振り込んでいただくなんて……」琢磨と並んで歩きながら朱莉は口にするも、琢磨はにこやかに答えた。「いえ、気にしないで下さい。そのお金は明日香さんを助けてくれた副社長のお礼の意が込められているのですから」「明日香さんの……」あの日、明日香が救急車で運ばれた夜のこと。明日香の母子手帳を朱莉が必死に探し出し、救急車の中で激しい腹痛で苦しんでいる明日香の手をギュっと握りしめて励ましの言葉をかけ続けた朱莉。明日香の中で感謝の気持ちが芽生えてきたのか、朱莉に対しての態度が軟化してきたのだ。そして犬よりも小さめで静かな小動物ならあの部屋で別に飼育しても良いと明日香の許可を貰えたのである。そこで朱莉はウサギを飼うことに決めたのだが……。「あの……九条さん。折角のお休みのところ、わざわざペットショップについて来てもらわなくても、私なら一人で大丈夫ですよ?」隣りを歩く琢磨を見上げた。「いえ、いいんですよ。ペットを飼うには色々荷物も必要になりますからね。荷物持ち位させて下さい」しかし朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。琢磨は翔の第一秘書と言うだけあり、日々多忙な生活を続けている。それなのに貴重な休みを自分の買い物につき合わせることに肩身が狭く感じてしまうのであった。今回、何故琢磨が朱莉の買い物に付き合う流れになったかと言うと、翔から琢磨にペット飼育に関する明日香のメッセージを朱莉に伝えて欲しいと頼まれたのだ。琢磨は朱莉に翔からの伝言を伝えたると朱莉が遠慮がちにそれならウサギを飼ってみたいと申し出てきた。そこで今

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-14 琢磨の贖罪 2

     億ションを足早に出ると、琢磨は翔に電話をかけた。『もしもし……』5回目のコールで翔が電話に応じた。「おい、翔。お前まだ病院にいるんだよな?」『あ、ああ。医者の話では今日は全身麻酔で子宮の中を綺麗にする処置をしたそうだから、付き添いをするように言われているんだ。お前は今何処にいるんだ? ひょっとして外にいるのか?』「ああ。そうだ。気の毒な朱莉さんの所へ行っていた所だ。翔、人のことを言えないが……お前は最低な男だよ。明日香ちゃんに対する優しさをほんの少しでも朱莉さんに分けてやろうとは思えないのか? いいか? 朱莉さんを傷付けたのはお前だけど……彼女を慰められるのも……お前しかいないんだよ!」歩きながら琢磨は吐き捨てるように言った。『琢磨。お前……』「いいか? 朱莉さんは今回の事で契約婚を打ち切られるのじゃ無いかって心配していたぞ? 彼女はまだお前との契約婚を望んでいる。もしお前が朱莉さんとの契約婚を打ち切ろうと考えているなら俺が許さない。絶対に阻止するからな!?」すると電話越しから狼狽えた声が聞こえた。『ま、まさかそんな事考えるはず無いだろう? 俺は今……すごく後悔してる。つい、頭に血が上ってあんな酷いことを朱莉さんに言ってしまうなんて……。もう何回も俺は朱莉さんを傷付けてしまった。我ながら最低な男だと思っている。だけど……明日香が絡んでくると俺は……!』「それはお前が明日香ちゃんに負い目があるからだろう? お前……本当に明日香ちゃんのことが好きなのか? 本当は罪滅ぼしの為に愛そうとしているだけなんじゃないのか?」『! ま、まさか……俺は本当に明日香の事を……』しかし、そこまでで翔は言い淀んでしまった。「まあ、別に2人のことは俺には関係ないけどな。ただ朱莉さんのことなら今後俺は口を出させて貰うぞ。俺にはお前と言う男を紹介してしまった罪があるからな」『琢磨……』受話器越しの翔からため息交じりの声が聞こえた。「何だよ? 何か言い分があるなら聞くぞ?」『いや、特に無いよ。とにかく朱莉さんにはお前から伝えておいてくれないか? 契約婚は続けさせて欲しっいって』「なら、お前からメッセージを送れ」琢磨はぶっきらぼうに言った。『だが、俺から連絡をすると……怖がられるだろう?』「お前……! ふざけるなよ! 彼女……朱莉さんはずっとお前との連

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-13 琢磨の贖罪 1

    「朱莉さん……少しは落ち着きましたか?」玄関で琢磨は朱莉を見下ろし、尋ねた。「は、はい……申し訳ございませんでした。つい取り乱して……あ、あんな風に泣いて……。お恥ずかしい限りです……」俯く朱莉。いい大人があんな風に子供の様に泣きじゃくる姿を琢磨に見せてしまった事が恥ずかしくて堪らなかった。「そうやっていつも1人で泣いていたんですか? 辛い時や悲しい時、いつも……たった1人で……」琢磨の何処か苦し気な声に朱莉は顔を上げた。その顔は悲しみ満ちていた。「九条さん?」すると琢磨は突然頭を下げ、ポツリポツリと語りだした。「朱莉さん。私は副社長の部下であり、そして親友でもあります。親友は……禁断の恋と、会長に見合いを強いられ、苦しんでいました。そしてついに世間を……会長の目を胡麻化す為に『契約婚』という手段を選んだんです。そして私も親友と会社の為に面接と言う手段を取り、募集し……選ばれてしまったのが朱莉さん。貴女だったんです。書類選考をしたのは、他でも無い……この私です」「……」朱莉は黙って話を聞いていた。「私も朱莉さんをこんな辛い立場に追いやった人間の1人です。いや……最初に朱莉さんを副社長に紹介したのが私だから一番質が悪い男です。だからこそ、私は貴女に罪滅ぼしがしたい」「罪滅ぼし……?」「はい、もし朱莉さんがペットを飼いたいと言うなら私が貴女の代わりに飼って育てます。そして休みの日は貴女にペットを託します。もし、風邪を引いたり、体調を崩したりした場合は時間の許す限り、貴女の元へ駆けつけます。貴女が翔と契約婚を続けるまでは……出来るだけ朱莉さんの力になります。いや……そうさせて下さい」琢磨は頭を下げた。その身体は震えている。「な、何を言ってるんですか九条さん! そんなこと九条さんにさせられるわけないじゃありませんか!九条さんは翔さんの重責な秘書ですよ? 私のことなら大丈夫です。高校を卒業してからはずっと1人で生きて来たんです。思った以上に強いんですよ? でも今回のことはちょっと……堪えてしまいましたど……」「それは副社長の事が好きだから……ですよね?」琢磨の顔は先ほどよりも悲し気に見えた。「!ど、どうして……?」そこから先は朱莉は言葉にならなかった。「朱莉さんを見ていればそれ位分かりますよ。でも……朱莉さん。悪いことは言いません。翔

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   5-12 涙で濡れる彼の抱擁 2

     真っ暗な部屋の中――朱莉は電気もつけずに部屋の隅に座り込んでいた。翔に冷たい言葉を投げつけられた後、朱莉は何処をどうやって自宅に帰って来たのか思い出せなかった。気付けば部屋の隅に座り込んでおり……部屋の中は闇に包まれていた。ぼんやりとした頭の中で朱莉は思った。今は何時なんだろう? 毎日欠かさず通っていた母の面会も今日は行く事が出来なかった。……きっと母は心配しているだろう……。朱莉の手には翔との連絡用スマホが握り締められていた。何処かで朱莉は期待していたのだ。ひょとしたら翔から連絡が入ってくるのでは無いだろうかと……。誤解してすまなかったと詫びの連絡が来るのでは無いかと心の何処かで密かに期待していたのだ。けれど何時間たっても朱莉のスマホには翔からの連絡は入って来なかった。代わりに朱莉の個人的に所有するスマホには何件も着信が入っていたが……朱莉はそのスマホを確認する気力も持てないでいた。突如、壁掛け時計が夜の9時を示す音を鳴らした。「あ……もう、こんな時間だったんだ」しかし、今の朱莉はなにもする気力が湧かなかった。そして今もこうしてかかってくるはずも無い翔からの電話を待ち望む自分がいる。朱莉の目に涙が浮かんできた。(馬鹿だ……私。あれ程翔先輩に冷たい言葉を投げつけられたのに……顔を見たくないって言われたのに……今もこうして翔先輩からの連絡を待っているなんて……)今迄我慢していた涙がとうとう堰を切って溢れ出してきた。朱莉は自分の膝に頭を埋め、声を殺して泣き続けた。本当はこんなことをしている場合では無いのに。3年間で高校を卒業する為に勉強だってしないといけないし、レポートも書かなければならない。それに明日香には英会話の勉強もするように以前言われたことがあったので、並行して朱莉は英会話の勉強も行っていた。やらなければならないことは沢山あるのに……今は何も手につかなかった。(マロン……こんな時、マロンが側にいてくれたら……)あの温かい身体を抱きしめて……自分の悲しい気持ちを、寂しい気持ちを慰めて貰うことが出来たのに……。(誰か、誰でもいいから私を助けて……。お母さん……いつになったら一緒に暮らせるの……?) その時――玄関のインターホンが何度も鳴り響く音が聞こえてきた。こんな時間に誰だろう……? 朱莉は立ち上がる気力すら無かった。それで

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